気と経絡の研究会

本音の経絡治療

本音で語る経絡治療

平脈の基準

かつて、左右の寸関尺がすべて揃っている脈を平脈だと思っていた。

だが、そんな脈は無い。

すべてがフラットな脈は生命力の失われた死脈である。

生命現象は微妙なゆらぎの中で成り立っている。脈も同じようにゆらいでいる。
そしてその形は人によって全て違う。顔貌や指紋が違うように。

つまり、その人が本来もっている脈の形が、その人にとっての平脈なんだと思う。

だから脈差があっても経絡の変動があるとは限らない。

よく未病を治すとしてどんな人にも、どんな場合にもその時の脈差をもって証立てするが、治療の必要なんて無い場合も多いと思う。

経絡治療は宗教だ!ってこともないが・・・

陰陽五行論について考えてみる。これってなんのために生まれた理論なんだろうか?

木が火を生む、水が火を剋する、このあたりまでは百歩譲って理解しよう。しかし金が水を生むってのは、のはどうなんだろうか?

金属が水生成しないのは、いまどき小学生でも知ってる。

この話をある先生にしたんだ。(有名な先生なので名前は伏せる)

するとこう言われた。

「でもな~・・・陰陽五行論を否定したら経絡治療が成り立たないから・・・信じるしかないんじゃないの?」

・・・信じるしかないって、そんなことを言っているから経絡治療は宗教だって言われるんじゃないだろうか。

キリスト教会だって進化論を認めたじゃないか。ガリレオにも謝罪したではないか。

経絡治療もいいかげん信じるだけの世界から脱却すべきだ。

ってなことを言うと、お前は科学派だとか、東洋医学の世界観を無視する異端者のように見られてしまう。

まあ、それでもかまわないんだけれど、じゃあ東洋医学の信奉者に質問したい。
「陰陽五行論はなんのために生まれたのか?」

これをつきつめて考えていかないと、本当の東洋医学の世界にも迫れないんじゃないかと思う。

ついでに言っておくけど、私は科学派でもないし、東洋医学の信奉者でもない。

ただの経絡治療家です。

経絡治療はNo.1ではない

「経絡治療を1番と思うな!」
と支部員には語っているんだけれども、古い会員さんからは反論がでる。

支部長がそんな事を言ってはだめでしょう!と。

たとえ本音はどうであれ、東洋はり医学会の経絡治療は、なにより1番なんだ、と言わなければならないそうです。

(本音ってなんだよ)と思いつつ、ちょっと意味が違うんだと言いたい。

経絡治療が1番優れた鍼灸術で、すべてを経絡治療の基準で考えてしまうと、いつか必ず手痛い目にあう。

鑑別診断の時に判断に狂いが生じるんだ。

だから常々言うんだよ。

「経絡治療は万能ではないし、1番優れた鍼灸術でもない」と。

これは逆にね、経絡治療家だからこそ言えるんだ。

例えば、骨折の患者さんがいる。
この患者さんに本治法をやってる場合だと思うかな?

気を補うのなんのって言う前に整復でしょ?
こういう極端な例をだすと、うなずいてもらえるんだが、それが肩こりや腰痛だったらどうか?

しっかり鑑別して「これは経絡治療の適応症ではない!」と言えるだろうか。

過去に経絡治療の診察、診断法以外の視点から見て、初期の癌や、心筋梗塞を数例だが発見している。

もし気づかずに放置していたら、ひょっとしたら命を落としていたかもしれない。

鑑別診断をしっかりしていくためには、経絡治療がすべてではない、ということを常に頭に置いておかなくてはならないんだ。

初心者だから、ベテランだからという区別はないよ。
百歩譲って学生なら純粋に経絡治療だけを1から10まで順番に学んでいくのもいい。

しかし、現場にでて実際に患者さんを相手にしている人はダメだ。

だって、プロなんだからね。

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